平成13年8月吉日

 当ホームページへおこしくださいまして、まことに有り難うございます。

 平成9年11月に当事務所を創設して以来、皆様のご支援のお陰でようやく5年目を迎えることが出来そうです。昨年(2000年)秋に弁護士の広告が自由化されたことにともない、試みにホームページを作ってみました。堅い話しは抜きにして、日ごろ事務所では時間がなくて話せない法分野に関する諸問題、その他の関心事 に少し触れてみることにしました。

 最近、私が興味をもつ分野としては、ペット法とスコットランド法が挙げられます。
ペット法学会は事務局を関西から東京の明治大学に移し、更に幅広く活動をすることにしております。私も事務局次長としてお役に立てるよう頑張っております。ペットに関する訴訟事件についても積極的に引き受けることにしております。

 本年春に友人土屋守氏を代表として開設したスコットランドの文化全般について研究する「スコッチ文化研究所」も、会員数を約700名(7月の時点)を数えるに至り、7月1日には設立記念パーティーを表参道ダイヤモンドホールで行い約250名の参加を得て順調に滑り出しました。更にたくさんの企画の話があり今後が楽しみです。
 
 IT革命などライフスタイルや価値観はどんどん変化して行くようになりました。そんな中で日本独自の法文化は何か、現在及び近未来において最も適切な紛争解決手段・方法は何かを模索しつつ、皆様のますますの御繁栄を祈りながら職務に邁進しております。
 
 注、当ホームページの無断、転載・転写を禁じます。
 
所在: 東京都新宿区
提携関連事務所: 司法書士事務所(東京法務局新宿出張所側)
その他測量事務所、税理士事務所、特許事務所など
事務局:
秘書1名
その他非常勤事務員2名
事務所内風景: 落ち着いて話のできる雰囲気作りを心がけています
会議用テーブル:
どんな事件も丸く解決するように裁判所のラウンドテーブルに習い楕円形のテーブルを採用しています
 
 法の目的は「平和」であり、それに到達する手段は「闘争」である。
 この言葉はドイツ19世紀の法学者ラドルフ・フォン・イェーリング(1818-1892)のものです。「権利のための闘争」と訳された名著「Der Kampf ums Recht」(1872年)の第一章の冒頭の言葉 Das Ziel des Rechts ist der Friede, das Mittel dazu ist der Kampfの訳です。
 この本には簡単にいえば誰しもが平和を望むが、何もしないでその願いはかなわない、たゆまず自己の権利を守るために闘争してこそ初めて平和が実現すると述べられています。権利を掴むためには闘争しなければならない。闘うことが権利を有している者の義務だとさえ述べています。「闘争」というと西欧風の表現であり日本人からすると過激に思えるが、少なくとも前向きな努力をしなければいけないということになろう。
 権利を守るための努力、それは第一次的には自分自身で行うことです。しかし、それには、法などの社会現象に対する専門知識と膨大な時間と労力を必要とします。ときには権利擁護を専門家に任せてみても良いでしょう。
 弁護士は、国家権力の人権侵害から国民の権利を守るために、その他の利益を擁護するために最大限の助力をします。
  ラドルフ・フォン・イェーリング(1818-1892)
 
 弁護士バッジについて(提案)  
 
 二つの種類の他に真鍮製は?

 弁護士のバッジの色は金色?それとも銀色ですか?とよく質問を受けます。どちらも正しいのです。バッジは全て日本弁護士連合会から各弁護士が借りているものであります。最初貸与されるのは、銀をベースとして金メッキの施されたものです。それ故、弁護士になりたての人は金色のバッジをつけています。このメッキは剥がれ易く数年経つと、銀色の地が剥き出しになるのです。銀が露出すると、銀は錆びますから黒ずみます。この状態を「いぶし銀」と称してベテランであることの証として好む弁護士もいます。ところで特別の手続きをすると、銀ベースではない金(18金)無垢のバッジを借りることが出来ます。このバッジはメッキが剥げることもまた錆びることもほとんどありません。このように2種類のバッジがあるから弁護士のバッジの色は金色であったり銀色であったりするのです。

 弁護士バッジの型は正義の象徴の花である「ひまわり」を模しています(中央には衡平のしるしてある天秤が彫られています)。ひまわりの花びらの色は黄色です。そうだとすれば、バッジの色も金色であるべきではないでしょうか。ただ純金のバッジにするとコストもかかり、また成金趣味で私はあまり好みません。

 私の提案は、弁護士バッジを真鍮(ブラス)製の物で統一することです。真鍮の色は金色に近い黄色です。ひまわりの花びらに近い色です。真鍮は錆び易いのですが、丁寧に磨くと元の金色に戻ります。ひまわりの意味は正義です。残念ながら正義も曇り易いのです。しかし、正義を曇らせておくべきでなく、正義は絶えず磨かれ輝いているべきです。正義は、絶えず向上させようと努力して初めて実現できるものです。弁護士も、このことを肝に命じるべきです。社会正義を実現することが弁護士の使命である(弁護士法第1条)なら、正義実現の祈りを込めて毎日胸のバッジを磨くべきです。錆びたり黒ずんだ正義であるべきでありません。このような理由から真鍮(ブラス)製バッジ導入を日本弁護士連合会に提案します(中央の天秤部分の地を銅製にし、天秤の浮き彫り部分をプラチナにしたコンビにできればベストです)。         平成14年3月10日
 

18金製の弁護士バッジ(造幣局製)

写真の無断複製・使用を禁じます

 


 

2016年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年の写真はアフリカのサルです。


ケニア共和国のアンボセリ国立公園内の宿泊地の近くで撮影しました。

人間に餌をもらいに来たのでしょうか、レンズを向けても逃げようとはしませんでした。

濃い色の顔をしていますがよく見ると瞳を探しだすことが出来るはずです。
 

 

 

写真のタイトルは「この猿と見詰め合う」としました。

この猿にも感情があるのだと思います。

地球上にはたくさんの命があるのだと感じました。

この写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラ

Canon EOS5DarkV : EF300mm f/2.8USM 2倍のエクステンダー使用 
シャッタースピード1/500sec 露出f8 ISO感度1600

手持ちで撮影しました。

 




2015年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年の写真はスコットランドへウイスキー造りのために留学した竹鶴政孝とその妻(愛称)リタが住家としていた邸宅です。

竹鶴は大正7(1918)年、24歳のときに大阪の摂津酒造の後押しでスコットランド(グラスゴー)へ留学に行きました。そして、医者の娘である通称リタと出会い、グラスゴーで結婚します。

スコットランド人であるリタを連れて帰国し、大正12(1923)年に今のサントリーに入社し、山崎ウイスキー工場を立ち上げました。

昭和9(1934)年、サントリーを退社し、今のニッカウイスキーになる大日本果汁株式会社を北海道の余市に設立しました。

当初は、余市の工場の敷地内にリタと共に住んでいました。仕事熱心な政孝は、夜中も製造の過程が気になり、工場内の施設を見て回っていたそうです。これでは健康に悪いと考えたリタは、敷地外に居を構えることを進めます。そして工場から多少離れたところに、この邸宅を建設しました。

この建物には、床の間つきの和室もありますが、リタが住みやすいように洋間もあります。リビングには、ストーブとリタの好きなピアノが置いてあります。幾度か増築をした和洋折衷の館です。写真にも、和室の襖が写っているのが見て取れるはずです。

その後、この建物は、余市工場の敷地内に移築され一部を見学することも出来ます。

 

 

 

写真のタイトルは「山崎蒸留所の創設に携わった竹鶴政孝がリタと共に暮らした洋館」としました。

郵送した写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラ

Canon  EOS5DarkV: EF24-105mm f/4L IS USM 

シャッタースピード1/500sec 露出16 ISO感度1250

手持ちで撮影しました。

 

 

2014年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年の写真は縞馬です。

友人達がケニアの人達のために井戸掘りの支援をしています。

電力を使わない日本伝統の上総掘りを指導しています。

これまでに14本の井戸が完成しましました。

これらの井戸が稼働しているかを調べるために平成25年8月に視察に行きました。

水道が無く、遠い川からの水汲みは主に子供たちの仕事で重労働です。

誰もが清潔な水を汲める井戸を喜び、重宝していました。

視察のついでに動物の楽園を覗いてみました。

アンボセリ国立公園で出合ったシマ馬です。

午年にちなんで選びました。

撮影機材は重かったのですが、レンズ5本と一眼レフボディー3台を飛行機内持ち込みで移動しました。

 

 

 

 

郵送した写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラ

Canon EOS5DarkV : EF300mm f/2.8USM 2倍のエクステンダー使用 

露出f13  シャッタースピード1/1250sec ISO感度1600

サファリ用の車のサンルーフから手持ちで撮影しました。

サファリの動物撮影は初めてでしたが、動物達との遭遇を楽しめました。

 

 

2013年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年の写真は東京駅の白蛇です。

東京駅は2012年10月に建設当時の姿に復元されました。

大戦で焼失した南北のドームの天井も復元されました。

そこには干支をモチーフに下図柄があります。

十二支のうち8支だけが描かれています。

これらの干支は方角を表しています。

ところが、このドームは8角形。

そこで8支だけが現されたそうです。

イギリスの陶器メーカーのウエッジ・ウッドを思わせる配色で、青地に白で描かれています。

壁の黄色は、「はれやかな卵黄色の漆喰」との記述から復元されたそうです。

白い蛇jは縁起が良いといわれるので、今回この写真を採用しました。

巳は、南南東かそれよりやや北を指すとされています。

東京駅で探してみてください。

そして、目に焼き付けて、夢に見てください。

 

 

 

 

郵送した写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラで撮影しました。

 Canon EOS5DarkU : EF75-300mm f/4-5.6 IS USM 

露出5.6  シャッタースピード1/100sec  ISO感度2000

東京駅の北と南の゙ドームのいずれにもあります。2階と3階の間には鳥等の混入を防ぐためか

ネットが張られています。

3階からはネットを気にせず撮影できますが、3階に上るためには、

東京ステーションホテルに宿泊するか、見学ツアーにさ参加しければなりません。

 

 

2012年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年の写真はボクシング(スポーツ写真)です。

友人である清水智信選手をこの数年応援してきました。

日本フライ級チャンピオンを返上して、世界チャンピオンを目指してきました。

’11年8月31日、3度目の世界タイトルマッチで念願の世界チャンピオンになりました。

階級を上げ、スーパー・フライ級チャンピオンです。

今後も応援してゆきます。

 

 

 

郵送した写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラ

Canon EOS1DarkV EF300mmF2.8L USM

シャッタースピード 1/1250sec 絞り f3.2 ISO感度3200で

マニュアルフォーカス手持ちで撮影しました。

  12ラウンドをフルに戦い判定にもつれ込んだので手がつかれました。

この写真は顔に対するダメージの少ない比較的早いラウンドのものです。

 

 

武道館2階最前列にて。 

 

2011年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年の写真はトルコ共和国のカッパドキアで見た奇岩群と気球です。

 夜明け前に集合し、気球に乗って空から日の出と奇妙な奇岩群を眺めました。やっと太陽が昇り始め、空がほんのり赤みを帯びだしたころ、我々が乗った気球も浮上し始めました。そのときシャッターを切りました。

 大勢の人が、いくつもの気球に分散して乗り、カッパドキアの空には沢山の気球が舞っていました。一つの籠に20人ほど乗りました。

 気球の模様が、日の出を連想させます。右上の影は、我々が乗っている気球です。パイロットは、ロープを使って匠に気球を操っていました。

 地面の奇岩は、近くの二つの火山から吹き出た異なる種類の火山灰が堆積し、柔らかい地層と硬い地層が重なり合い侵食されて生み出されたものだそうです。

 

 

この写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラ

EOS5DarkU 16-35mm2.8L)を使用し、

シャッタースピード1/160sec 絞り6.3 . ISO6400  

の条件で 撮影しました。

題:「黎明に、上昇気球と奇岩群」 カッパドキアにて 

 

2010年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年の写真はスコットランドで見かけたアザラシです。

 スコットランドの西海岸にスカイ島という島があります。ここは、タリスカーというスコッチウイスキーの蒸留所があることでも知られています。この島にはダンヴェガン城という古いお城があります。そこへ入場すると、アザラシ見学ツアーに参加できます。7人乗りほどの小さなボートで近海に出ます。そこでは、鳥やアザラシを近距離で沢山みることができます。ほとんどのアザラシが、日向ぼっこをするために陸に上がっていました。アザラシの種類はよく見かけるゴマ模様のコモンシールです。スコットランドでアザラシを見ることは時々あるのですが、2・3匹を見かけるのやっとです。これほど多くのアザラシをみることができるのはとても珍しいことです。背景の丘もスコットランドらしく、高い木は数本しかありません。

 

 

 

この写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラEOS1D MarkV に準正100-300mm4.55.6USMレンズを使用し、シャッタースピード1/800sec. 絞り11   ISO800

の条件で 撮影しました。

題:「スコットランドで見かけたアザラシ」 ダンヴェガン城の入江にて 

 

2009年 年賀状について  

 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。

今年選んだものは丑年にちなんでハイランド牛です。

 スコットランドの田舎道をドライブしていると、バッファローのような強大な角を持った牛に遭遇することがあります。長い毛に覆われており、寒い冬を過すのに適しています。長い毛と短い毛の二層になっています。顔に覆いかぶさる長い毛は茶髪のロン毛を連想させ可愛く思えます。写真右の子牛は坊ちゃん刈りに見えます。性格は温厚で、走っている姿を見た子たことはありません。色はほとんどが茶か焦げ茶ですが、時々真っ黒な牛を見ることがあります。地元の人は、黒い色がそもそもの原種だと説明してくれます。ハイランド牛は、正式にはハイランド・キャトル(Highland Cattle)といいます。方言で「ヒーランクー」と呼ばれています。これも可愛い呼び名ですね。

 

 

 

この写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラEOS1D MarkV に準正 28-135mm3.55.6ISレンズを使用し、シャッタースピード1/200、絞りF7.1 ISO200 の条件で 撮影しました。

題:「スコットランドのハイランド牛」 パース市のスクーン宮殿にて 

 

2008年 年賀状について  

 
 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 

当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を送付しております。今年選んだものは右の写真。

 2007年の夏に、イギリス鉄道の経営史研究を専門とするG大学のY教授とともに、スコットランドの歴史と経済を学ぶ機会があり、その際、パースの町に立ち寄りスクーン宮殿で撮影した写真。

ロバートT・ドゥ・ブルース(1274-1329)は、14世初頭、スコットランドをイングランドから独立させるために活躍した英雄の一人。1306年スクーン宮殿で王位を宣言し、1309年にはセントアンドリュースの議会で正式に王として承認された。1314年にはバノックバーンの戦いでイングランドのエドワードUに勝利し、スコットランドの独立を勝ち得た。そして、1329年になくなるまで王として君臨した。

同じころの英雄ウィリアム・ウォレス(ネル・ギブソンが演じる)を主人公として描いた映画「ブレイブ・ハート」(1995年)も有名。

運命の石(スクーンの石)はスコットランドの王が王位を承継する儀式で用いられてきたもので、もともとスクーンの修道院に保管されていた。スコットランドの独立戦争が勃発した1296年に、イングランド王エドワードTがこの石を略奪し、ロンドンのウェストミンスター大聖堂の聖エドワード礼拝堂に移した。その後木製の椅子に収められ、歴代の戴冠式に使用されてきた。700年後にあたる1996年、ジョン・ブレア首相(スコットランド出身)が、この石をスコットランドへ戻すことを決めた。現在スクーンの石の本物は、エディンバラ城の王冠の間に収められている。スクーン宮殿にある写真の石はレプリカ。

赤色砂岩、重さ152s、縦42cm、横67cm、高さ26.5cm。

 

この写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラ 

EOS1D MarkV 

準正 28-135mm3.55.6ISレンズを使用し、

シャッタースピード1/200、絞りF8.0 ISO400

 の条件で撮影しました。

題:「英雄ロバート・ザ・ブルースになりきる人」

歴代の王が戴冠式に使用した「運命の石」の前(パース市のスクーン宮殿)にて 

 2007年 年賀状について  
 
 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状をお送りしています。今年採用したのは右の写真です。

 2005年の夏に、イギリス鉄道の経営史研究を専門とするG大学のY教授とともに、鉄道発祥の地を視察しました。そのときに撮影した写真です。

 世界最初の鉄道は、1825年、イギリスのダーリントンとストックトンとの間を走った鉄道だとされています(その後のリバプールとマンチェスター間の本格的な鉄道を最初だとすべき見解もあります)。当時の主要な燃料である石炭をダーリントンからブリテン島の東海岸の港まで輸送する手段が必要でした。以前は馬車や運河が利用されていました。それに代わる手段として鉄道が考案されたのです。確かにこの鉄道は、完全なものでなく、全てを蒸気機関車で引いたわけではなく、一部は馬に引かせていました。蒸気機関車の名前は「ロコモーション」です。

 ジョージ・ステイーブンソンによって考案されました。蒸気機関は当初は、地下水などを汲み上げるポンプとして開発されたので、ピストンは上下に動いていました。その影響で、ロコモーション号の2つあるピストンは垂直に動きます。鉄のレールの下には角石を並べました。因みに、日本では木材が豊富なことから枕木が採用されました。石と石の間は、レールが半円形に膨らんでいます。これは強度を強くするためと考えられていましたが、意味がないことがわかりその後なくなりました。

 のどかなダーリントンの町には、鉄道の博物館と短い保存鉄道があります。短いとはいえ今でも蒸気機関車が走っていることには感動を覚えます。最後尾に乗って景色を眺めていたこの少年は、どんな夢を見ていたのでしょう。

 

この写真は、キャノンのデジタル一眼レフカメラ 

EOS1D MarkU 

準正 28-135mm3.55.6ISレンズを使用し、

シャッタースピード1/125、絞りF7.1 ISO200

 の条件で撮影しました。

題:「子供のころに見る夢」

  

 2005年 年賀状について  
 
 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を出しています。今回採用したのは右の写真です。

 「ブレア城と孔雀」

ブレア城はブレア・アスールという町にあります。この町は、ピトロッホリーの一駅北に位置します。ピトロッホリーは、小さな保養地でありますが、ロンドン留学中の夏目漱石が訪れたことで日本でも有名です。もちろんスコットランド最小のポットスチルそ備えるエドラワダー蒸留所があることでも知られています。

日本では憲法上国ですら軍隊をもてないのですが(自衛隊は軍隊ではないことになっている)、スコットランドでは、私人ですら軍隊を持つことができるのです。お城の中は、宝の山、特に甲冑、鉄砲、大砲、刀剣類のコレクションが素晴らしかった(残念ながら撮影禁止)。

スコットランドの戦士達のことをハイランダーと呼びます。ここでハイランダーを所有するのは、この城の主アソール侯爵です。アソール家にも伝来のキルト(スコットランドの伝統衣装である男性用巻きスカート)のチェック柄(その役割は日本の家紋に似ている)があります。それは紺色と緑色をベースに3本の赤い線をクロスさせたタータンチェックで、マレー家のものと同一です。そして、偶然にも私がグラスゴーで手に入れたキルトと同じ柄なのです。何故か親しみが沸き長いことこの城のお土産屋に足を止めてしまいました。

写真は、キャノンの一眼レフ デジタルカメラD30に準正17−35o f/2.8Lのレンズを使用しました。シャッタースピード1/125、絞りF8。

  

ハイランダーといえば、同名のバーが都内のホテルオークラ別館にあります。私の好きなばーの一つです。  

  2000年の12月より銀鉛フィルムからデジタルに移行しました。その昔は、硝子に薬品を塗りそれに露光して現像してました。硝子がフィルムに代わり、薬品を使わないデジタルに変わったのです。これはカメラの一部である受光体の変更にすぎません。露出、シャッター速度、被写界深度等の基本的原理はほとんど変わっていません。硝子からフィルムに完全に移用したように、私は、素直にデジタルに移行しました。

   2004年 年賀状について  
 葉書に書き込めるスペースが少ないのでここで写真に関して補足説明します。
 当事務所より一部の方へ毎年写真入り年賀状を出しています。今回採用したのは右の組写真です。

 これら16枚の写真は、2001年9月と2002年4月にスコットランドを訪れた際に撮影したものです。スコッチウイスキーを造るために必要な蒸留釜、それがポットスチルです。通常、初留と再留の2回蒸留します(但しローランド地方にあるオーヘントッシャン蒸留所;写真左上は3回蒸留をしています)。初留釜と再留釜の形も違いますし、蒸留所ごとにそれぞれの形も大きさも違います。それぞれの顔、個性をもっています。各蒸留所の名称は写真左上から右に向かって順にオーヘントッシャン、ブナヘブン、ブルイッヒラディッヒ、アラン、ボウモア、ラガヴーリン、ジュラ、ラッフロイグ、バルヴェニー、アベラワー、カドゥ、グレンヒディッヒ、アードベッグ、グレンファークラス、グレングラント、クールイーラです。アイラ島に現存するポットスチルは全て網羅してます(ポートエレンのポットスチルは既に取り外され存在しません)。

 発音については「THE SOUND OF WHISKY」 というCDを参考にしました。蒸留所の名前は、英語、スコットランド語、ゲール語が入り交じっています。とても発音の難しいものがあります。このCDでは現地での発音を忠実に再現しています。例えば「CAOL ILA」(写真右下)は英語読みするとカオルイーラとなりますがCDによればクーイーラ若しくはクールイーラと発音しています。日本では通常カリラと呼ばれています(カオルは海峡を、イーラはアイラ島を、即ちアイラ海峡のことを意味しています、写真でも窓越しにアイラ海峡が、その向こうにジュラ島が見えます)。

スコットランドのポットスチル達 パート1

 

 写真をよく見ると数人の人物が写っています。スコッチ文化研究所の土屋守代表、ラッフロイグ蒸留所の元所長イアン・ヘンダーソン(現エドラダワー蒸留所所長)、アードベッグ蒸留所の工場長の姿も見えます。気づかれましたか? 

カメラはキャノンの一眼レフデジタルカメラD30,レンズは、準正17−35o f/2.8Lを使用しました。

 

 
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