|
|
| ペットの医療事故と損害賠償 |
|
弁護士 渋谷 寛 第1 ペットの医療事故 1 種類、 過失行為(ミス)と故意行為(例えば、経験・実績作りのため、営利目的の不要な手術) 故意行為であれば、器物損壊罪、動物虐待罪、詐欺罪などの刑事事件に発展することも考えられる 医療行為周辺の過誤、転落事故、取り違え、紛失、生まれた犬の窃盗 医療行為そのものの過誤、教義の医療過誤 2 非事件性 飼い主が泣き寝入り、諦めて争わないことが多い 理由、獣医師、医者に対しての信頼 獣医師の「急変した」「老犬である」等の説明に納得してしまう 受ける弁護士がいない、いても高い 3 苦情 疑問を質問する 詳しい説明を求める 診療明細書、カルテ等の書面の交付を要求 弁護士、動物愛護団体等へ相談 4 説明会 時間を設けカルテなど提示しながらの説明会 飼い主としてはペットに何があったのか知りたい 5 和解 お見舞金 獣医師が過失を認めれば和解金の折衝 治療費の返還や慰謝料など損害の賠償 無料診療 二度と来院しない 6 調停 証拠に乏しい場合 和解の延長と考えられる 不調に終わることもある 7 訴訟 受任してくれる弁護士を探す 訴訟費用及び弁護士費用の工面 医療集中部 立証活動(文献、鑑定) 第2 損害賠償 1 ペットは戻ってこない 金銭賠償の原則 2 財産的損害 @ ペットの交換価値 算定方法 取得価格 もう一度同じペットを購入するといくらか 死亡時の年齢(余命) A
逸失利益 交配料 チャンピオン B
治療費 当該医院 他医院 C
交通費 D
休業損害 E
葬儀費用 F
弁護士費用 3 精神的損害(慰謝料) 傷害の場合 判例あり 死亡の場合 平成14年3月28日、宇都宮地裁で20万円。 平成16年5月10日、夫婦で合計60万円。 4 ペット自身の精神的苦痛 利益享受主体性の問題あり 第3 獣医療過誤訴訟の裁判例 物の損害の場合の慰謝料に関しては、その交換価値が賠償された場合には、そのことで精神的苦痛に対しても慰謝されたものとみなされ認められないのが原則である。交換価値の賠償だけでは精神的苦痛が癒されない特殊な場合にだけに慰謝料が認められる。 ペットの死傷の場合、生き物に対して愛情をかけてきた特殊性が考慮され、慰謝料が認められる。判例でも認められてきたが、その額は低額であった。 2 獣医の医療過誤が争われ飼い主の慰謝料が問題となった裁判例は少ない。 飼い主の慰謝料が認められた判例としては、東京地方裁判所昭和43年5月13日判決(財産的損害及び飼い主の慰謝料として5万円の損害賠償を認めた。判例タイムズ226号164頁、判例時報528号58頁)がある。 逆に飼い主の慰謝料が否定された判例としては、大阪地方裁判所平成9年1月13日判決(医療過誤を前提に財産的損害胎児2匹分を含む3匹分で70万円、弁護費用10万円を認め、飼い主の慰謝料については愛玩用ではなく商品用飼育であることを理由に否定、判例タイムズ942号148頁、判例時報1606号65頁)、と東京地方裁判所平成3年11月28日判決(医療過誤そのものを否定した、判定タイムムズ787号211頁)がある。 3 宇都宮地裁の判例は、医療過誤を認めた上で、物的損害50万円、慰謝料20万円、弁護士費用20万円、治療費等32、500円の損害賠償を認めた。比較的高額な賠償責任を認めた判例として新聞報道もなされた。 第4 真依子ちゃん事件の場合 平成16年5月10日 東京地方裁判所判決 1 事案の概要 飼い主である原告らは,原告らが真依子と名付けて飼っていた日本スピッツ犬(平成5年1月3日生まれ、以下「本件患犬」という。)が,被告Aの開設するD獣医科病院で平成14年12月28日より糖尿病治療を受けたが,同病院の獣医師らが,インスリンの投与を怠ったために平成15年1月3日に死亡したとして,本件患犬の治療を担当した獣医師である被告らに対し,被告Aに対しては不法行為又は診療契約の債務不履行に基づいて,被告B及び被告Cに対しては不法行為に基づいて,損害賠償金の支払を求めた。同月2日に後院へ転院しインスリン投与等の治療を受けたが甲斐なく翌3日に死亡した。 2 請求 相手 医院長他担当獣医師2名 内容(総額約440万円) 逸失利益 30万円 治療費 約13万円(被告医院 約7万円 後医院 約6万円) 葬儀費用 約5万円 慰謝料 350万円 (子供を交通事故で亡くした場合の慰謝料2000万円を基準に、平均寿命で比例計算した。平均寿命は人間80歳、犬15歳とした。) 弁護士費用 約40万円 但し、夫婦2人で共有なので半分ずつ請求。 法的性質 3人に対し不法行為、医院長に対しては債務不履行責任も。 3 争点 A
被告らが本件患犬にインスリンを投与しなかったことに注意義務違反があるか @
犬の糖尿病について A
犬のケトアシドーシスについて B
本件患犬の状態及び被告医院等における処置について C
被告らの注意義務について 「遅くとも30日の診療開始時の段階で行うべきインスリンの投与をしなかった過失がある」判決文より抜粋 D
因果関係について 後院での「インスリンの投与等によって、一時的な状態の改善がみられたのであるから、遅くとも平成14年12月30日の診療開始時に本件患犬に対するインスリン投与が開始され、糖尿病・糖尿病性ケトアシドーシスに対する積極的かつきめ細かな治療が開始されていれば、その後継続的なインスリンの投与は必要になるが、少なくとも糖尿病性ケトアシドーシスの急速な進行による本件患犬の死亡は避けられたものと認められる」判決文より抜粋 E
被告らの責任について 医院長を含む2名の獣医師の共同不法行為 1月2日に担当した獣医師については、自らの判断で直ちにインスリンを投与しなかったことに過失があるとまでは認められない、仮に同日のもう少し早い時点でインスリンを投与していたとしても、本件患犬の死亡という結果は避けられなかった可能性が高いものとみとめられる、として不法行為責任を否定した。 B
原告らの損害及び損害額について @
逸失利益 なし 「原告らは本件患犬を子供のように思って育ててきたものであり,本件患犬を売却したり繁殖させたりする意思はなかったことは明らかであるから,本件患犬の交換価値を算定することは困難である(原告らは,本件患犬の取得価格等の主張はしておらず,交換価値を損害とすることは,原告らの求めるところでもないと解される。)」判決文より抜粋 A
治療費 約9万円 被告医院分は、必要がなかったものもあるが、全く必要がなかったともいえないので、半額の約4万円 後院分は全額 B
葬儀費用 1万円(死体の埋葬等に一定の費用がかかる) C
慰謝料 60万円 「犬をはじめとする動物は,生命を持たない動産とは異なり,個性を有し,自らの意思によって行動するという特徴があり,飼い主とのコミュニケーションを通じて飼い主にとってかけがえのない存在になることがある。」判決文より抜粋、ペットの飼主特有の感情への配慮 その他の判決文に現れた要因 「結婚10周年を機に本件患犬を飼い始め」 「高松への転勤の際に居住した社宅では,犬の飼育が禁止されているところを会社側の特別の許可を得て本件患犬を飼育した」 「東京への転勤の際には本件患犬の飼育環境を考えて自宅マンションを購入し」 「本件患犬の成長を毎日記録する」 「約10年にわたって本件患犬を自らの子供のように可愛がっていた」 「原告らの生活において,本件患犬はかけがえのないものとなっていた」 「以前に飼育していた犬が病死したことから,本件患犬を老衰で看取るべく(スピッツ犬の寿命は約15年である。),定期的に健康診断を受けさせるなどしてきた」 「本件以降,原告Bがパニック障害を発症し,治療中である」 「血統書付きの犬」 「多数の表彰等を受けたことがあり」 「平成9年10月5日には日本スピッツ協会から種犬認定を受け」 4 判決 被告ら(獣医師2名)は、連帯して原告それぞれに対し、総額約81万円を支払え(夫婦それぞれに対し半額ずつを支払え)。 5 獣医療訴訟としては、初めて医療集中部で判断された事例。訴え提起が平成15年7月であり、約10ヶ月間のスピード判決である(集中証拠調べ1回、被告2名と原告のうち夫、証人として後院で担当した獣医師が尋問された。和解期日・鑑定なし。ちなみに、宇都宮地裁の判例の場合は4年ほどかかっている)。記者会見を行い新聞・テレビなどで報じられた。飼い主の慰謝料としては、宇都宮地裁の判例がこれまでの最高で20万円であったが、60万円という3倍にあたる高額な慰謝料が認められた。動物病院の医院長以外の担当獣医師独自の過失も認められた。 第5 まとめ 獣医療ミスに関しても、訴訟を起こせる、また飼い主側が勝訴できることが実証でき、今後も同様の訴訟の増加が予想される。宇都宮地方裁判所足利支部、横浜地方裁判所でも獣医療訴訟が継続している。今後の展開は各裁判官の考え方にかかっている。 以上 |