ペット法学会2014年シンポジウム 報告内容

 
       「飼い主責任の現状と課題」 

 

ペット法学会学術大会 レジュメ

平成26年11月22日

 

「飼い主責任の現状と課題」

 


                          報告者 弁護士 渋谷 寛

 

一 飼い主責任の現状

  動物に対する飼い主の責任としては多くのことが数え上げられるであろう。

  以前は、他人に迷惑をかけないこと、即ち、飼い犬が他人に噛み付いたり、大きな声で吠え続けたりしないようにする責任が重視されてきたと思える。その後、昭和48年の動物保護管理法の制定を機に、動物に対する福祉の観点から、動物に対する配慮、動物との共存・共生という面からの責任のあり方を加えるようになったといえよう。

1 飼い主の法的な責任

  飼い主の法的な意味での責任も、大きく分けると、愛護(福祉)の側面と、管理の側面の2つの側面があると考えられる。

  もっとも、狂犬病予防の観点からの、犬の登録、鑑札を着ける義務、ワクチン接種義務、注射済票を着ける義務(狂犬病予防法4・5条、罰則は27条1・2項20万円以下の罰金)という公共的側面もある。

 (1)法的には、管理の側面に対する責任が先に制定された。

ア 明治時代に作られた民法の第718条では、動物の占有者の不法行為責任を規定している。動物の飼い主は、飼養している動物が他人に損害を加えたときは、原則として、その損害を賠償しなければならない重い責任を負っているのである(危険責任)。犬が、子供をかみ殺した場合などは数千万円の賠償をしなければならないこともある。

参照「民法第718

1 動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、動物の種類及び性質に従い相当の注意をもってその管理をしたときは、この限りでない。

2 占有者に代わって動物を管理する者も、前項の責任を負う。」

イ また刑法では、過失傷害罪(第209条)、過失致死罪(第210条)、業務上又は重過失致死傷罪(第211条第1項)の適応があり得る。闘犬が檻から逃げて他人をかみ殺した場合等、刑事事件で有罪となることもある。

参照「刑法第209

1 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。

2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

同第210

        過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。

同第211条第1

        業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。」

(2)愛護(福祉)に関する側面の責任が法律上規定されたのは、昭和48年に制定された動物保護管理法が最初であろう。

   江戸幕府の時代(17世紀末頃)の生類憐みの令があるが、これは全国規模ではなく一部での適用であり、また民に理解されていたとはいえないという特徴がある。

 

2 動物愛護(保護)管理法における飼い主責任の変化

  動物愛護(保護)管理法は、民法の不法行為責任及び刑法の犯罪としての責任とは異なる観点から、より具体的に愛護及び管理に関して規定を置いている。

  動物愛護管理法は3回改正されその度に飼い主の責任に関する規定が修正されまた付け加えられてきた。

  飼い主責任が、改正毎に具体化され、平成11年改正では、感染症に関する規定と所有者の明示の規定が、平成24年の改正では、逸走防止、終生飼養と繁殖規制の規定が新設された。

飼い主責任に関する条文(4条・5条・7条)の変化は以下のとおりである。

(1)昭和48年の制定当初

第4条(適正な飼養及び保管)

    第1項 動物の所有者又は占有者は、その動物を適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に危害を加え、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。

第2項 内閣総理大臣は、関係行政機関の長と協議して、動物の飼養及び保管に関しよるべき基準を定めることができる。

(2)平成11年の1回目の改正後(アンダーラインが改正部分)

   第5条(動物の所有者または占有者の責務等) 

    第1項 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者としての責任を十分に自覚して、その動物を適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に危害を加え、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。

    第2項(新設) 動物の所有者または占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染症の疾病について正しい知識を持つように努めなければならない。

第3項(新設) 動物の所有者は、その所有する動物が自己の所有にかかるものであることを明らかにするための措置を講ずるように努めなければならない。

    第4項 環境大臣は、関係行政機関の長と協議して、動物の飼養及び保管に関しよるべき基準を定めることができる。

 (3)平成17年の2回目の改正後(アンダーラインが改正部分)

    第7条(動物の所有者または占有者の責務等)

第1項 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者としての責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように、努めるとともに、動物が人の生命、身体もしくは財産に危害を加え、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。

     第2項 動物の所有者または占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染症の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない。

     第3項 動物の所有者は、その所有する動物が自己の所有にかかるものであることを明らかにするための措置として環境大臣が定めるものを講ずるように努めなければならない。

     第4項 環境大臣は、関係行政機関の長と協議して、動物の飼養及び保管に関しよるべき基準を定めることができる。

(4)平成24年の3回目の改正後(アンダーラインが改正部分):現行法

第7条(動物の所有者または占有者の責務等)

第1項 動物の所有者又は占有者は、命あるものである動物の所有者又は占有者として動物の愛護及び管理に関する責任を十分に自覚して、その動物をその種類、習性等に応じて適正に飼養し、又は保管することにより、動物の健康及び安全を保持するように努めるとともに、動物が人の生命、身体若しくは財産に害を加え、生活環境の保全上の支障を生じさせ、又は人に迷惑を及ぼすことのないように努めなければならない。

第2項 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物に起因する感染性の疾病について正しい知識を持ち、その予防のために必要な注意を払うように努めなければならない。

第3項(新設) 動物の所有者又は占有者は、その所有し、又は占有する動物の逸走を防止するために必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

第4項(新設) 動物の所有者は、その所有する動物の飼養又は保管の目的等を達する上で支障を及ぼさない範囲で、できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(以下「終生飼養」という。)に努めなければならない。

第5項(新設) 動物の所有者は、その所有する動物がみだりに繁殖して適正に飼養することが困難とならないよう、繁殖に関する適切な措置を講ずるよう努めなければならない。

第6項 動物の所有者は、その所有する動物が自己の所有に係るものであることを明らかにするための措置として環境大臣が定めるものを講ずるように努めなければならない。

第7項 環境大臣は、関係行政機関の長と協議して、動物の飼養及び保管に関しよるべき基準を定めることができる。

3 現行動物愛護管理法のその他の規定にあらわれる飼い主責任の検討

(1)法第1条の目的の意味を理解する責任があるといえるか

「第1条 この法律は、動物の虐待及び遺棄の防止、動物の適正な取扱いその他動物の健康及び安全の保持等の動物の愛護に関する事項を定めて国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする。」

 これは、法律の制定の目的であり、同法の解釈の際の指針となることはあるが、目的自身が国民や行政に対し直接の義務や責任を課しているとは言えないのではないか。

(2)法第2条の基本指針に従う責任

   同条は、主語を「何人も」としており、飼い主も含まれる。

   「第2条 第1項 動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。

同上第2項 何人も、動物を取り扱う場合には、その飼養又は保管の目的の達成に支障を及ぼさない範囲で、適切な給餌及び給水、必要な健康の管理並びにその動物の種類、習性等を考慮した飼養又は保管を行うための環境の確保を行わなければならない。」と定めている。

飼い主は、この基本指針を理解し実践しなければならない義務を負っているといえ、責任も負っている。

(3)第4節 周辺の生活環境の保全等に係る措置

   法第25条第1項は、多数の動物の飼養又は保管による生活環境の悪化を防止するために、当該事態を生じさせている者に対し、都道府県知事は、一定の措置をとることを勧告することができること等を規定している。この規定の存在から、飼い主は、「騒音又は悪臭の発生、動物の毛の飛散、多数の昆虫の発生等によって周辺の生活環境」を損ねてはいけない責任を負っていると考えられる。

   同条第3項では、都道府県知事は、「多数の動物の飼養又は保管が適正でないことに起因して動物が衰弱する等の虐待を受けるおそれがある事態」「が生じていると認めるときは、当該事態を生じさせている者に対し、期限を定めて、当該事態を改善するために必要な措置をとるべきことを命じ、又は勧告することができる。」としている。この規定の存在から、飼い主は多頭飼育により動物を衰弱させて虐待させてはいけない責任を負っていると考えられる。

これらの命令に違反した者は、50万円以下の罰金に処せられることがある(同法46条の2)。

(4)特定動物の飼養又は保管の許可

法第26条本文は、「人の生命、身体又は財産に害を加えるおそれがある動物として政令で定める動物(以下「特定動物」という。)の飼養又は保管を行おうとする者は、環境省令で定めるところにより、特定動物の種類ごとに、特定動物の飼養又は保管のための施設の所在地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならない。」として、特定動物を飼養又は保管する飼い主に対して、許可を受ける義務を定めている。

許可を受けないで特定動物を飼養すると罰則がある(法第45条)。

同条第2項では、「特定動物の飼養又は保管が困難になつた場合における措置に関する事項」を記載した申請書を提出しなければならないことになっており、この意味で飼い主は、特定動物を飼養又は保管できなくなったときのことまで責任を負わなければならなくなったといえる。

(5)犬及び猫の引取り制限

法第35条は今回大きく改正され、都道府県等は、犬又は猫の引取りをその所有者から求められたときでも、終生飼養を定めた第7条第4項の規定の趣旨に照らして引取りを求める相当の事由がないと認められる場合には、その引取りを拒否することができることになった。引き取りを断わられた飼い主は、終生飼養の観点から、その後の飼育動物の処遇についての責任を負うことになる。

(6)犬及び猫の繁殖制限

法第37条は、「犬又は猫の所有者は、これらの動物がみだりに繁殖してこれに適正な飼養を受ける機会を与えることが困難となるようなおそれがあると認める場合には、その繁殖を防止するため、生殖を不能にする手術その他の措置をするように努めなければならない。」と定めている。多頭飼育の問題性に関しては、法第25条に周辺の生活環境の保全に関する規定がある。ここでは、そもそも多頭飼育とならないよう、飼い主には繁殖を防止するための措置を講じる責任があることになる。

(7)動物を殺す場合の方法

法第40条では、「動物を殺さなければならない場合には、できる限りその動物に苦痛を与えない方法によってしなければならない。」と定めている。飼い主が何らかの事情で動物を殺さなくてはならい場合は、獣医師による安楽死等できるだけ苦痛を与えない方法を選ぶ責任を負っていることになる。

(8)動物殺傷罪などの罰則

   法第44条に罰則規定があることから、飼い主は、愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけてはいけない、愛護動物に対し、みだりに、給餌若しくは給水をやめ、酷使し、又はその健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束することにより衰弱させること、自己の飼養し、又は保管する愛護動物であって疾病にかかり、又は負傷したものの適切な保護を行わないこと、排せつ物の堆積した施設又は他の愛護動物の死体が放置された施設であって自己の管理するものにおいて飼養し、又は保管することその他の虐待を行ってはいけない、及び愛護動物を遺棄してはいけない責任を負っている。

4 環境省令にみる飼い主責任

  平成11年の動物愛護管理法の改正を受け、平成14年5月に環境省は「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」を告示した。この基準には、飼い主の責任がより具体的に規定されている(1一般原則、2定義、3共通原則、4犬の飼養及び保管に関する基準、5猫の飼養及び保管に関する基準、6学校福祉施設等における飼養及び保管等)。

5 ペットに関する条例

  地方自治体ごとに、ペット条例を定め飼い主責任を具体化している。

  ノーリードでの散歩を禁じ、違反には罰則を設けるもの、糞の始末を義務付け、違反には罰則を設ける条例も存在する。

  多頭飼育について、一定頭数を飼育する場合に届け出を必要とする条例もある(法第9条関係)。

二 飼い主責任の課題

 飼い主責任を法律で規定しても、飼い主の自覚を得られず実行されないのでは意味がない。飼い主責任規定の多くは罰則の適用のないものであり、刑罰による抑止効果を期待できる規定は少ない。今後は、飼い主に理解を深めてもらうことが必要であろう。また、努力目標から法的な義務化へ、更に罰則を伴うように強化する必要があるか否かも検討しなければならない。更に、飼い主責任として、新たな項目を追加する必要があるか否を検討することも必要である。

 以下、いくつか今後の検討課題を揚げてみる。

1 狂犬病予防法の規定の遵守の徹底をはかる必要があるか。

  罰則規定がある(同法27条)にも関わらず、登録しない、鑑札を着けない、予防注射をしない、注射済票を着けない飼い主がいる。法的根拠のある飼い主責任として、今後どれだけ徹底をはかる必要があるのか。

2 マイクロチップの装着義務化の必要があるか

  現状では、飼い主は動物の所有者が誰であるかの表示をする義務を負っている(法第7条第6項)が、外れる心配のないマイクロチップの埋め込みを飼い主に義務付ける必要があるか検討する必要がある。

3 去勢・避妊の義務化をする必要があるか

  ペットの飼い主に対し、繁殖を行わないことを前提に、飼育動物の去勢・避妊をすべき義務を負わせる必要があるか否か検討する必要がある。去勢・避妊は、動物の本来の性質に反し好ましくないという意見がある反面、比較的おとなしくなり飼いやすくなる、多頭飼育に陥る危険がなくなるなどの利点があるとの指摘もある。

 4 地域猫(飼い主のいない猫に不妊去勢手術を施して地域住民の合意の下に管理する地域猫対策)に伴う責任

   猫に係る苦情件数の低減及び猫の引取り頭数の減少に効果があるとされている。

   猫については室内飼いが推奨されているが、外への自由な出入りをさせていることもある。これらの飼い猫が、他人に損害を及ぼした場合は、民法718条により占有者または管理者である飼い主が不法行為責任を負うことになる。外だけで飼っている場合でも、餌及び飼育場所を与えている飼い主は、この不法行為責任を負うことになろう。

これに対し、地域猫として管理されている猫が他人に損害を与えた場合、誰が飼い主としてどのような責任を負うのか、それとも負わないのか、今後検討してゆく必要があろう。

5 災害対応に伴う責任

   今回の改正では、東日本大震災の経験を踏まえて、災害時における動物の適正な飼養及び保管に関する施策を、動物愛護管理推進計画に定める事項に追加することとなった(法第6条)。この規定では、飼い主責任の面からは表現されていないが、事実上、飼い主の事前準備、同行避難等の責任が生じてくる。今後、これらの災害に関する飼い主責任を義務と明示していくか否かも今後の検討事項になろう。

6 行政及び警察の対応の実効性の向上

   多頭飼育については、今回の改正でも、行政の勧告及び命令権限が拡大された。また、罰則は強化され、動物虐待罪に関する事例も新たに付け加えられた。これらの改正により、行政及び警察の機動性が期待されるのであるが、どこまで実効性を得られるかが今後の課題となろう。

                               以上